日韓アルダ

近くて遠い国!韓国文化を映像から考察〜ジャニーズ文化もウォッチ

「恋愛世代1.5」(1996年)あらすじ・感想〜時代背景考察

韓国人でもない、米国人でもない自分。

移民の子どもたちのアンデンティティーの形成のようすが描かれています。

東洋人に対するヘイトクライムについても学びどころあり!

基本情報

原題:「1.5」
放送:1996年4月29日〜1996年6月18日(MBC)16話

「1.5」とは?

「1.5」は1.5世代移民の意味。(親が移民1世。その子どもなので1.5世代)
作品の1.5は70年代の初めに韓国で生まれて6〜7歳の時に米国移住した子どもの設定。

視聴するには?

U-NEXT、アマゾンプライムビデオ等で常時配信されています。

登場人物

①イ・チャンウク(チョン・ウソン

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両親と弟の4人家族。学生アメフト選手。
白人に妬み(東洋人差別に対する喧嘩)を買い、プレイ中に怪我をさせられプロの道を断念。
入院中にロス暴動が起き、一家が経営していたスーパーマーケットが襲われてしまう。
暴動のショックで弟が薬物に手を出したことをきっかけにヤクザに目をつけられてしまいひとりだけ韓国に戻る。
生まれた韓国で家族との生活基盤を作ろうと思うが思うように行かず、米国に戻りそこで両親が懸命に育ててきたものを受け継ぎ守るという選択を選ぶ。

②ホン・ユジン(キム・ソヨン

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両親は離婚。母親と2人で米国に移住。男癖の悪い母のせいでなにかと苦労するが、歌手になる夢に向かって努力する日々。
韓国のプロモーターの目に留まり、単身韓国へ。
数々のアクシデントやスランプを跳ね返し、努力と実力を認められ歌手として成功をおさめる。
チャンウクに好意を寄せるが妹扱い。

★母親は美容室経営。ドンス(ヘギョンの実父)のロマンチックな誘いに応じ結婚するが、入籍後新婚旅行を最後に音信不通に。ビザ目当ての結婚詐欺に遭った模様。

③イム・ジャニ(ソン・ジチャン)

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裕福な医師家庭に育つ在米韓国人。母親に甘やかされ我がまま放題に育つ。
散財の挙げ句カードが止められ請求書の山。父親の逆鱗に触れる前に母親が韓国の語学学校へ留学させる。
借金の総額を知り激怒した父親に強制的に軍隊に入隊させられる。(※米国永住権者も韓国で一定期間過ごすと入隊義務が生じるらしい)
軍隊生活(3ヶ月間)で親の有り難みに気づき、韓国人としてのアイデンティティーに目覚め、韓国人のソラと結婚。

④チャ・ヘギョン(シム・ウナ

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リハビリ医を目指す韓国人留学生。
病院でチャンウクと知り合いリハビリを通じ知り合い、互いに熱く想いを寄せ合う。
並行してジノから愛を告白されるが、序盤は愛を感じられずにいる。
家族構成は両親(養父母)と叔父ドンス。
帰国後、母親から見合いの理強いが始まり、堅苦しさから愛がないジノとの交際し結婚を考えるが、母親は家柄に釣り合わない海外養子のジノを否定する。
ドンスの裏の仕事と両親の不正な商売が発覚したことで家庭は崩壊。
今まで裕福に生活できたのは、犯罪で得た罪深い金のおかげであったことのショックと罪悪に苛まれ姿を消し人知れず児童障害者施設で働く。
探し出してくれたジノに再会しジノの大切さと愛に気づく。

⑤ソン・ジノ(シン・ヒョンジュン

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6歳で米国に里子に出された養子。
ヘギョンに一目惚れし交流を深める中で、母国と離れ離れになった家族への思いを強く感じるようになり、大学卒業後ヘギョンを追って渡韓し韓国の企業に入社する。
米国との文化の差に落ち込む日々の中、TVの『人探し番組』に出演し、弟のジンボクを見つける。

★生き別れになった弟は中華料理屋の配達員で祖母と黒人系ハーフのギルスの3人住まい。父親は早くに亡くなり母親も8年前に病気で死去。
ジノは母親に駅に置き捨てされた後、養護施設へ入れられ、そこから米国に養子縁組。それを悔やんだ母は贖罪のためかギルスを家に迎え入れたとのこと。
チャンウクを愛しているヘギョンにいつまでも待っていると告げ、消息不明になってしまったヘギョンを探しあてる。

複雑な生い立ち

移民(韓国と米国人の価値観が半分半分)の子ども①チャンウク②ユジン③ジャニ、海外養子(米国人の価値観)の⑤ジノ、実は自分が養子であった④ヘギョンに、⑤の弟ジンボク、⑤の家で暮らす米軍兵と韓国人の間に生まれたギルス、、、と様々な境遇。

見どころ

●韓国を捨て米国で成功することを夢見て生活をはじめた第1世代の思い。
〜①の親は焼肉屋や日本料理店の下働きからスーパーマーケットを営むまで成長。②の母は美容師(当時の美容師は韓国で微妙な仕事)

●ロサンゼルス暴動の言い分
〜黒人と韓国人の思いの違い

●韓国ドラマあるある臓器移植
〜⑤の弟が慢性肝不全で⑤から肝臓提供を受ける。

●差別と劣等
〜米国籍でもアジア人はアジア人。韓国生まれでも韓国では韓国人として扱われない。在韓米兵の残した子どもへの風当たり。韓国生まれなのだが、韓国人でも米国人でもない1.5世代ならではの立場。

気になったシーン

◇◇「ロス暴動」後、大学で韓国人による韓国人救済の募金活動の是非

<黒人の言い分>
黒人街に住みもしない雇もしないのにどんどん商売を広げる韓国人は、自分たちから金を盗んでいると主張。
<韓国人の言い分>
自分たちの正当な苦労と努力の成果を認めない黒人が悪い。暴動で盗みを働いているのは黒人のほうが悪いと主張。
<ジノの主張>
〜黒人が少数ならば韓国人は極少数。少ない(弱い)韓国人に怒りを向けるのは理解できない。暴動は韓国と黒人の問題ではなく全体の問題性を主張。

◇◇ヘギョンとジノが訪れたスーパーでのワンシーン
〜韓国系の子ども連れた白人の夫婦に遭遇。
「韓国の食べ物を買いたいのだが何を買っていいか分からない」と2人に嘆く。
子どもに韓国語で訊ねると、
「ラミョン(インスタントラーメン)」「チョコパイ」との返答。
戦後の貧困時に普及した米国と日本からの支援食品が子どもの思う故郷の味とは、、、。

感想

このドラマが放送されてから四半世紀(25年)。
歴史的価値&学びがあるドラマだと思います。

ロサンゼルス暴動(1992年)についても(実際主人公の家が被害にあってる)一世たちの移住の動機もリアル。

色々と学びどころのある作品であるとともにツッコミどころもたくさんありました。



今日の勉強

韓国の米国移民の歴史

<第一段階 ハワイへの出稼ぎ移民>
1882年の米朝修好通商条約締結後、1903年〜1905年までの間に7000人以上がサトウキビ農場に移住労働。単身未婚男性労働者たちは仲介を通じ、韓国の花嫁を迎える(互いに写真だけで結婚を決める。1924年までに1000人の「写真新婦」が嫁入り)
労働契約終了後、多くが本国に戻らずハワイから本土へそのまま移住。第2次世界大戦終戦の1945年までの韓国系米国人の人数は約1万人とそう多くない。

<第二段階 米国軍人と配偶者>
1952年の米国の移民国籍法では韓国に対して年間100人の移民枠が割り当てられた。
1953年〜1963年の間に、米国軍人の配偶者の韓国人女性(約6000人)海外養子(戦争孤児約5000人)とされているが正確な数字ではなくこれより大多数が移り住んだと推測されている。

<第三段階 定住前提のファミリー移民>
1965年に米国移民法が改正され、米国での成功を夢見る家族単位の移住者が増加。クリーニング店などの個人商店を開業し(英語が話せないため主地区での商売が芳しくなく競争相手の少ない黒人等の低所得者層が住む地区で商売を開始)地盤を築き、次から次へと家族や親戚、同胞を招き入れた(コリアンタウン化)。

=移民者人口推移=(約人数)
1965年 2.5万人
1970年  5万人
1980年 35.7万人
1990年 70万人
2010年 170万人

※その他、韓国が「養子輸出大国」と言われていた背景や孤児問題に触れることができたのですが、長くなるので別な機会にまとめたいと思います。

〜以上となります。
お付き合いいただきありがとうございました。

 

[参考記事]