日感アルダ

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韓国映画「国際市場で逢いましょう」あらすじ・感想〜時代背景(ネタバレ含む)

どうも、ぷんおです。

戦後の韓国のあゆみがよくわかる作品「国際市場で逢いましょう」のレビューです。

絵に描いた餅のような話でもあるけれど、悲しみや逆境をグッとこらえその時代を懸命に生きた人々の努力の様子に胸を打たれる作品でした。

※本記事は2021年2月7日に書いた記事のリライトとなります。

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基本情報

題名:「国際市場で逢いましょう」(국제시장)
公開日:2014年12月17日(韓国)2014年 2015年5月16日(日本)
監督脚本:ユン・ジェギュン

キャスト

●ユン・ドクス(ファン・ジョンミン)
主人公

●オ・ヨンジャ(キム・ユンジン
ドクスの妻

●ドクスの父(チョン・ジニョン)

●ドクスの母(チャン・ヨンナム)

●ドクスの叔母(ラ・ミラン

あらすじ

朝鮮戦争が始まった1950年、興南(フンナム :現在の北朝鮮咸鏡南道咸興市)から避難しようとしたドクス一家。

避難船には多くの人が船壁から乗り込み大混乱のため、ドクスがおんぶしていた妹(末娘)が身を離れ姿を見失ってしまう。

ドクスの父は、長男であるドクスに「お前が家長になるんだ。家長はどんな時でも家族が優先だ」と言い残し後を探しに行ったまま離れ離れになる。

ドクスは釜山に渡り、母と弟妹とともに国際市場にある叔母の経営する『コップンの店』に身を寄せる。

やがて青年になったドクスは、父の言いつけどおり家長として家族と家計を支えるようになる。

大学進学の夢を捨て、弟の大学進学資金(ソウル大)を稼ぐために旧友のダルグと共に炭鉱作業員として西ドイツに出稼ぎに行き、そこで看護師をしていたヨンジャと出会い、帰国後結婚。コップンの店を切り盛りする。

時を移さず妹の結婚が決まり、ドクスは嫁入り資金を稼ぐため、民間技術者としてベトナムへ渡る。

川べりで銃撃戦に巻き込まれ被弾。ボートから落ちそうになったところを韓国兵(東方神起 ユンホ)に助けてもらい命拾いをする。

1975年ベトナム戦争終結。片足が義足となったドクスは帰国を果たす。

コップンの店は叔母からドクス夫婦に引き継がれ妹も無事結婚し、生活も落ち着いていく。

1983年のある日、ドクスは食堂でテレビを観ていると、尋ね人番組が放送されている。

汝矣島広場前(KBS放送の前)は、戦争で生き別れになった家族を探しにやってきた大勢の人々で溢れかえり、床や壁一面に手がかりや情報を書いた用紙が貼り付けられている。

ドクスは妹を探すため、その番組に出演することにする。
手がかりは妹が背中から落ちた時に破れた袖のみ。

その後一本の電話が局からあるが、残念ながら全くの他人。

その後もドクスは広場に通うが手がかりはない。

諦めかけた頃、また一本の電話が。
ドクスは再び尋ね人番組に出演する。

ロサンゼルスと中継が繋がり妹と再会する。
妹は米国で養子となって暮らしており、韓国語は話せないが間違いなく妹だ。

離れ離れになった一家は再会する夢がやっと叶う。

ドクスは今までの辛かった出来事を思い出し、父との再会は叶わなかったが、家長としてのつとめを十分果たしたと涙を流す。

そして父が「コップンの店で会おう」と言った言葉を思い出し、再会の目印の役割を果たした店の閉店を決める。

気持ち的にやっと父を天国に送り出したドクス夫婦はやっと肩の荷をおろすことができたようだ。

・・・こんな感じ。

時代背景 個人まとめ

興南撤収」

朝鮮戦争が開戦(1950年)。朝中共軍の攻勢で戦況が不利になり、約1万4千人の避難民を乗せた米国軍の艦船「メロディス・ビクトリー号」で興南から撤収作戦が行われた。

👇参考記事

ドイツの炭鉱への出稼ぎ

1963年から始まったドイツ(西)の炭鉱への出稼ぎ事業。1977年までの期間、約7,900人の鉱夫と約11,100人の看護師が見知らぬ異国のドイツに向かった。

世界最貧国と呼ばれた当時の韓国。
学歴はあれど勤めるところはなく、家計を支えるために炭鉱の中で石炭を掘ったり亡くなった人々の遺体洗浄などのきつい仕事に就かざるを得なかった。
[参考記事]
50年前にドイツに向け発った彼ら : 東亜日報
西ドイツへ向かった韓国の青年たち l KBS WORLD

ベトナム戦争参戦

1964年、韓国軍のベトナム戦争への参戦が決定。ベトナム戦争 - Wikipedia

ぷんおの感想

戦後の韓国の復興の様子が出来事とともに描かれていました。

ただし、実際はドクスのように全員が納得のいく老後を迎えることはできず、別れた家族を失ったり北と南に離れ離れになったままの人も大勢いる。

戦後、高度経済成長期を迎えたけれど、それが庶民の暮らしに直結してるわけではなく、日本のように働ける企業が少ないがために、海外や都心部へ出稼ぎし辛い労働をせざるを得なかった事情が格差に繋がり、食えないがために子供を海外へ養子に出していた事実を踏まえると、絵に描いた餅のような話でもあるけれど、作品の中だけでもつらい思いをした社会に幸せの片鱗を見い出せ救われた気持ちになりました。

ドクスが気持ちを整理できたように、韓国の人々が戦後にどう心情的決着をつけるのか?

なかなか先の見えない問題ですね、、、。

作品とリンクする「がんばれクムスン」の歌

この作品を観た後、色々調べていくうちに「がんばれクムスン」の歌を見つけました。
同名のドラマ(ハン・ヘジン主演)は結構有名ですが、ペ・ドゥナも映画でクムスンを演じています。

参考までに歌詞(和訳)を貼っておきます。

굳세어라 금순아(がんばれクムスン)

1番

吹雪が舞い散る 風冷たい興南埠頭に
声を限りに叫んだり探してみた
クムスンどこに行く
道に迷いさまよい
血の涙を流しながら
あの事以来一人でずっといる

2番
家族や親戚のない身
今は何している
この身は国際市場の商売人
クムスンに会いたいな
故郷の夢も懐かしくなる
零度の橋の欄干の上に
三日月ばかり寂しく浮かんだ
鉄のカーテンひどい悲しみ
天地の間にあなたと私だけが相変わらずいた
クムスンがんばれ
南北統一その日になれば
手をつないで起きてみよう
抱き合って踊りを踊ろう

 

〜以上となります。またお会いしましょ🐟